2011年10月23日日曜日

ジャパンカップ チャレンジレース

ジャパンカップのチャレンジレースに出場してきた。今年で3回目の出場。

1回目(2009年)の出場はひとりでなんとなくロードバイクに乗っていたころで、他の人がどれだけ乗れるのかも知らない完全なる「池の中の蛙」だった。

レース中は本気を出してはいたけれど、タイムアウトの足切りでレース終了したのが2009年。喉と気管支、腰が痛く身体からは湯気が立っていても、完走すらできないその結果に唖然とした。リザルトをみても半数程度が完走を許されず、完走者を称えるためのイベントではないことを知る。

お揃いのチームジャージを着て走る仲間もでき、自転車イベントにも参加するようになってそれなりに自分の実力がどこにあるかわかりかけてきた去年(2010年)が2回目の出場。とにかく完走を目標に1年間のトレーニングとダイエットをしてなんとか完走。努力と我慢が結果に結びつき、ゴールラインをまたいだとき、感動の涙が出た。

そして、その感動を再び得るためにシクロクロスへの参戦を経て、2011年3回目のジャパンカップ。去年以上にトレーニングらしいトレーニングを重ねてきた今年の目標は10位以内。

スタートはそれなりによい位置。先頭を走る選手が積極的ではなく、のんびりペースに感じた。自分にも余裕があるからそう感じたのかもしれない。

後方で落車の音。自分の位置も他者の肩があたるような安全な状況ではないから、斜行しないように、されないように周囲をみる。JCRCなど素人参加のロードレースは罵声が飛び、緊張感がハンパじゃないと聞くけど、ほんとにそんな雰囲気。落車すれば身体は痛いし、その瞬間、勝ちも去っていく。ピリピリするのも仕方ないのかな。

ピリピリしたまま1キロ続く急勾配「古賀志林道」に突入。ここで弱者はふるいにかけられる。

しばらく先頭の見える位置でのぼる。やはり去年より楽だ。勾配がさらにきつくなる山頂手前で、やや遅れるが、先頭からまだまだ遠くではない。

そして古賀志林道の下りへ。「このコースは滑らない加工をしている」なんてレース前にアナウンスがあったことが頭に残っていた。インを攻めて効率よく走ろうと思った。できれば先頭集団に追いつこうと思って攻めた。脚は残っている。

そして3回目か4回目のカーブでツルっと単独落車。無理なブレーキングをしたわけでもなんでもない。少しインコースを走っただけ。これで転けてしまうのか…なんてことだろう。

古賀志林道をのぼる。このあと悪夢が。
打った身体が痛い。出血もある。

初めての落車に頭が白くなる。もうリタイヤなのか…と思ったところで回収車がいるわけでもない。だったらどっちにしても走るしかない。そう思うまでどれだけ時間が経過したのか。次々と選手が落車した自分を避け追い越していく。

吹っ飛んで後方に残されたサングラスを回収、大きく曲がったブラケットを叩いて戻す。チェーン落ちしていないか確認し再度乗車。少し曲がったブラケットに違和感を感じつつ、またの落車に怯えながら下る。

直線ではペダルを強く、単独で何人か抜いていく。落車した場面を思い出し、首をかしげながらペダルを踏む。はっきりとモチベーションは落ちていた。途中、同じペースをつくれそうな人と走る場面もあったけど、ほとんど一人旅。徐々に疲労が貯まる。鶴C.C.前の坂でほぼ売り切れの脚。

2回目の古賀志林道を情けない気持ちでのぼる。下りはグリップのいい路面を選び無難に下る。そしてまたほぼ単独走でゴール。結果は87人中36位。

シクロクロスが楽しくて、ジャパンカップは今年で最後にしようと思っていた。走り終わった直後もそう思っていた。なのに今、くやしさでいっぱいだ。

転けて単独走で消耗して終わるなんて、くやしさしか残らない。集団で走ってやっと初めてロードレースだよ。集団で勝負したいよ。スッキリするには同じレースに参加するしかない。

規模感はぜんぜん違うけど、プロだってそんな気持ちなんだろう。落車の大怪我で引退宣言をしたって、治療が進めば、すぐに引退を撤回し復帰する。

いや、ほんとに自分みたいなヘタレとプロを一緒になんかできないけどね、展開も含め、自分の上限まで出しきったと思えない限りやめられないんじゃないのかね。もしくは食欲がまさって強制終了か。

あぁくやしい。

2011年10月18日火曜日

反省メモ、信州クロス第1戦

メンタル中心の振り返りは前回のBlogエントリーの通り。

他にも良くなかった点があるので、負け惜しみっぽくメモっておく。

・せっかく前泊したのに宿の朝食準備時間が遅く、特別にはやく用意してもらった食事はおにぎり2つとシャケのみ。
・アップを試走ついでにコースでやったらスタート前に脚が重くなった。
・レーススピードでは空気圧が高すぎたようで後輪が終始跳ねていた。押さえつけることに神経と体力を使ってしまった。

栄養不足、間違ったアップ。特にアップの失敗は自分の判断ミス。大反省しなくては。

タイヤは「とりま2気圧でいいかー」は安易すぎた。チャレンジgrifo32は、とりま1.8気圧としておくほうがマシ。

朝食は計画的に用意しよう。試走はコース確認や適切な空気圧の探りのためにやり、アップはローラーでやろうね。

以上、反省メモ。




2011年10月17日月曜日

信州クロス第1戦、シクロクロスが示すもの


信州クロス第1戦「富士山」に出場してきた。シクロクロス経験4戦目にして初の遠征だ。

受付で渡されたゼッケンはアイウエオ順で「1」番。番号の若い順にスタートラインに並ぶことになる。スタートが重要なシクロクロスでこれはラッキーでしかない。渡辺さんじゃなくてよかった。ンガンダさんじゃなくてよかった。

「広い牧場の柔らかい土、草が選手を苦しめる」と信州クロスのサイトにあるが、前日までの雨で土が水を含み、より苦しいコースになっていると感じた。ただただ進まない。1周3.5kmが長く長く感じる。30分の競技時間じゃ2周で終わるんじゃないのこれってくらい。

だだでさえ進まないコースなのに、土を掘り返しフカフカにした意地悪な区間までも登場。シケインも上り坂の途中にあって勢いが殺される。ただし、油断するとすってんころりんと転んでしまうような場所はない。とにかくパワーで踏める人が有利なコース。試走ではそんな印象だった。

スタートは集中。前回のレースで緊張のあまり、スタートの合図でボーッとしてしまい大きく出遅れるという失態を犯してしまった反省をいかさなくては。「バン!」という号砲に30代男性の標準くらいの反応速度でそれなりに対応。ペダルは1回でははまらず、同じく最前列に並んでいた3人に少し前に出られる。若干の焦りはあったが、今回は冷静にペダルをはめ、グイと前に出る。

スタートからひとつめのコーナーで2番手につける。2番手の後ろについているとまえが詰まる感じがしてペースが乱れる。スキをみて前へ。先頭に出た。あとは踏むのみと思ったらまた抜き返される。いやいやオレがとまた前へ抜き返す。また先頭。

これを繰り返したら脚が重い。その瞬間後方から別の人が抜く。ん、今度はスピードが違う。あ、十代の若手だ。「あー、オレオワタ」「若者には勝てない」と思った瞬間、緊張の糸が切れた。スタートしてから2kmくらいの地点。

完全にタレた。抜かれる。黄金のタレが出たらもう終わり。どんどん脚が重く感じてきてギアを軽くする。軽いギアは進まない。また抜かれる。

タレタレで「もうイヤ、帰りたい」と思っても3周させられる。拷問の3周を18位でゴール。リタイヤせず走りきったのが39人。33分でゴールした先頭から5分くらい遅れたとても残念な結果で終わった。

「若者には勝てない」と思わされた勢いのあった若者は、パンクで順位を落とした。結果の順位だけ見れば、自分より後ろだ。おい、おれ、なぜあそこでタレた。

「勝たなきゃ意味がない」という思い込みが、2位や3位になった瞬間にタレを生み、結果をさらに悪くする。

もちろんシクロクロスの結果は相手あってのことだけど、まず自分の出せる力を100%出しきることが重要。出しきって、その後結果がついてくると考えを変えなくてはいけない。

今回はクソなメンタルを発見できた。クソなメンタルにうすうす気づいてはいたけど確信した。

シクロクロスは自分のヘタレっぷりを教えてくれる。そしてそれを克服できる人間なのか、塗り替えることができる人間なのか、ずっとヘタレのままなのか、シクロクロスが示し続けてくれるだろう。



2011年10月7日金曜日

シクロクロス脳に切り替えよ


どっちを走るか?


  • 多くの自転車が通り、草が抜け、土がむき出しになった道に見える路面
  • その路面から少しそれた、草が生えたままの路面

真っ直ぐ走り続けるなら土の路面でいい。

では曲がるときは?









スッと草の生えたほうに飛び出して自転車を傾ける。









距離は最短ではないかもしれないけど、草は土よりも滑らないからスピードを落とさず突っ込んでいけるようだ。

誰かがつくった道を行くロードバイクに乗り慣れていると、道からそれる発想が浮かんでこないのではないだろうか。ロスの少ない走り方は何か、その都度柔軟に考える必要がある。シクロクロスで走るときはシクロクロス脳に切り替えなくてはならない。

コーナリングについてもっと知りたい方はコチラの動画を。

「頭の切り替えをしなくちゃなー」というメモでしたよ、と。